"8割ぐらいの子供が最後まで見てくれたような紙芝居を、出版社が絵本として出そうといってくれたのです。最初の絵本が出たのは33歳のときでした。私は、軍人になろうという誤った判断をしたことへの悔いと、軍人になれなかった「死に残り」であるという恥ずかしさとから、戦後ずっと煩悶の日々を送っていましたが、その頃になって、ようやく自分のやるべきことが見えてきました。中学時代の自分のような間違いをしないように、子供たちには自分から進んで幅広い分野の勉強をし、世の中をよく見て正しい判断をしてほしい。だから、自分はそのための手伝いをしようという考えにたどり着いたのです。"

「化学と工業」7月号。加古里子(かこ さとし)先生インタビュー