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「食品安全のための科学」に関する会長談話

 つい先ごろ、参議院本会議において、内閣府食品安全委員会の下に設置されたプリオン専門調査会の座長であった科学者を、食品安全委員会委員に推す人事が否決されました1。科学者が直接責任を問われるのは、故意に不正行為(ねつ造、改ざん、盗用など)を行った場合と科学的判断を誤った場合などですが、問題にされた事例はそのいずれにも当てはまりません。
 この出来事の根底には「安全のための科学」に対する重大な誤解があると考えられますので、国民の皆様に正しいご理解をいただきたいと考え、談話を発表することにしました。

 食品の安全を守るためには、科学的観点のみから行う「リスク評価」の実施が重要です。これは、例えば食品中に含まれる有害な微生物や化学物質などを摂取した場合、どのくらいの確率でどの程度健康への悪影響が起こるのかを科学的に評価するもので、これを上記の内閣府食品安全委員会が担当しています。一方、このような科学的な「リスク評価」の結果を踏まえて、技術的な実行可能性、費用対効果、国民感情など様々な事情を考慮し、関係者との十分な対話を行った上で適切な政策・措置を決定・実施する作業が「リスク管理」です。これは厚生労働省や農林水産省等の行政機関が担当します。
 こうして「リスク評価」と「リスク管理」を分離することにより、リスク評価の科学的な独立性と中立性が図られるとともに、リスク管理機関が、リスク評価を前提としつつ、その他の様々な事情を考慮して政策・措置を決定・実施する裁量が確保されています2。しかし、残念ながら、このような仕組みが各方面でまだ正確かつ十分に理解されていないために、誤解や混乱が起こっていると考えられます。

 今回の出来事に関する第1の問題は、リスク評価者である食品安全委員会が、データ不足のために科学的評価は困難であることを承知しつつも、食用牛肉のリスクを評価したとして非難された点です。一般に科学の結論を得るためには多くのデータが必要であり、データが多ければ多いほど不確実性は減ります。科学者は長い時間をかけてデータを集め、少しでも確実な結論を得る努力を続けます。
 一方、何らかの社会的な問題に対して緊急に対策を実施する場合には、その時点で得られるすべての、しかし十分とは言えないデータだけを基にして、いくつかの前提を置いて「確率論的」に早急に結論を出さなくてはならないことがあります。もちろん新たなデータが得られたときには評価結果を見直します。
これは国際的にも広く認められたリスク評価の手法です。もしも「データ不足による科学的評価の困難さ」を理由にしてリスク評価の結論を先送りするならば、科学の判断が全く入らないリスク管理者の主観的な判断だけに基づく政策・措置を策定するという、好ましくない結果を生むことになります。

 第2の問題は、米国産牛肉の輸入再開を決定したのはリスク管理者であるにもかかわらず、科学的知見に基づき客観的かつ中立公正にリスク評価を行った研究者個人の責任が問われたことです。これはリスク評価とリスク管理の違いを十分に理解していないために起こった誤りと考えられますが、その影響は重大です。このような非難を避けようとして、リスク評価に際して社会的影響を予測しながら評価を行うというような非科学的要素が入り込みやすくなり、リスク評価の独立性と中立性も損なわれ、食品の安全を守る上でも大きな障害となることを危惧します。

 食品の安全確保の仕組みを守るためには、このような誤解を解くことが重要であり、関係するすべての人たちがリスク評価という科学の性格を理解し、その独立性と中立性が重要であることを改めて認識し、これを守る努力を続けていかなければならないと考えます。

平成21年6月30日
日本学術会議会長
金 澤 一 郎

1 第171 回国会 議院運営委員会 第29 号(平成2 1 年6月5 日)
2 日本学術会議 牛海綿状脳症( BSE)と食品の安全特別委員会報告 『食品の「安全」のための科学と「安心」のための対話の推進を』(平成15 年6月24日)

参考:食品安全委員会メールマガジン第148 号( 平成21年6月12日)
http://www.fsc.go.jp/sonota/e-mailmagazine/e-mailmagazine_148.html

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日本学術会議 食品安全のための科学に関する会長談話

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