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小田嶋 それで、書く側からすると、ちょっと複雑なことを言おうとすると、文章が長くなる。ほら、カフカのものなんて読むと、2ページにわたって丸が、句点がなかったりするじゃないですか。昔は、あれを窒息しながら読むのも快感だったりして、自分も気が付くと、そういう長い文章を書いていたりしたんです。
でも、「とても何々であるところの何々を何々したものが私の概念であるとするならば、それを何とかしたところの何々を、私は何とかするものである」、みたいなことの文章を運営するには、すごく高い技量と知性が必要で。と同時に、読む側にもそれを読みこなすだけの技量と知性が必要で。とはいえ、それをキャッチボールしていた時代が、かつてはあったんですよね。
内田 あったんですよ。
小田嶋 だけどインターネットだと、そういうのはちょっとあり得ない。2行ぐらいの文言でも、それ、分からないから3つに分けてよ、みたいな要求が平気で来る(笑)。
内田 それは、ある意味で伝統的な日本の王道なんですよ。
小田嶋 だからインターネットで、言文一致が1段階進んだ、という感じは確かにありますよね。非常に逆説的に言うと。
内田 でも、やっぱり、ちょっとは複雑なロジックに付き合ってみたいとか、2ページ句点がない文章を読んでみたいとか、ある程度、頭のハードがいい子はいるんです。そういう子にとってネット上の文章というのは、パフォーマンスのいい車で、とろとろと走ってることと同じで。もしアウトバーンがあるんだったら、思いっ切りアクセルを踏み込んで200キロ出したいな、という潜在的に能力のある人たちは絶対にいる。
小田嶋 ちょっと負荷がかかった方が気持ちがいい、ということはあります。
内田 ただ、今はまったく提供されていないでしょう。ネットどころか、むしろ本当に活字の世界で。
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