“ 素敵な人は、素敵な言葉ばっかりつぶやくわけ「じゃない」から素敵なんだ、ってところが、にんげんの素敵。 ”
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“  敵を作らぬ人は軽く見られやすい。なめられないようにすると敵ができやすい。闘争がコンサマトリーな楽しみになると、望む生産性は低下する。コストのオプティマイズは難しい。
 また、安定している人は安住しやすい。安住しない人は安定していないことが多い。安住せず、しかし安定しているというスタンスはなかなか難しい。 ”

 「やらない」というための理由は、具体的にいくつでも出てくる。

 一方、「やる」というための理由は、出てきにくい。
 でも「やる」と決める。まるで残り少なくなった歯磨き粉のチューブを絞るように、勇気を振り絞って。具体的な理由はあげられないけれど。

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子供を妊娠して初めて、私は自分の女性性に対してふくざつな思いを抱くようになりました。
 子供はたまたま自分のおなかにいるけれど、夫と私の子供なのだから、夫も私と同じように子供のことや、家族のこれからを考えるだろう、と思っていたら、それが違った。
 産休・育休後に復職してみたら、家事育児と仕事の二重労働はきっちり私の肩にかかってきた。キャリア上のチャンスは圧倒的に夫の方が有利に得られ、私は足踏みをしたままである。

 これは夫だけに原因があったわけではなく、私自身の偏った性別役割分担意識の影響が大きかったと思います。
 たとえば私は、産休、育休中は、子供のことで夫に迷惑をかけてはいけないと思っていました。
 なかなか寝ない子、ひとりになれない子でしたから、夜は当然泣きますし、常に抱っこかおんぶが必要でした。仕事のある夫を夜泣きにつきあわせてはいけないと思いこんでいた私は、夫は別室で休むよう、自分から言い出しました。これは、結果として、子供と夫が親しくなるチャンスを奪うことになりました。
 また、仕事と結婚生活、仕事と育児の両立に悩んだときにも、夫のキャリア継続を優先して、自分の転職を決めました。今の生活には満足していますし、失ったと思ったものを取り戻しつつあることを喜んでいますが、特に研究に関して、自分の意志を貫徹しなかったことに対する後悔の念がずっと残っています。

科学と生活のイーハトーヴ » Blog Archive » 私が女性であるということ

こうなることがいやだったので私は育児休暇を取らない選択をした。私も@mtsuyuguも本当に大変だったけど、仕事上の後悔は一切ないです。

(via oosawatechnica)   つけくわえて言うなら、当時の私は「母性神話」にもとらわれていたんだろうなと思います。 まあそのなんだ。あまりにもいろいろなことに無自覚でありすぎたのだろう。

 こういう決めつけが行き過ぎると、夫や恋人や、いずれは息子も、「男はだらしないから、私がいないと何もできない」と思い込むようになります。

 というよりも、「私がいないと何もできない人」にしようとするようになります。

 「男って細かいところに目が行かないから」「男は冷蔵庫の残り物で料理が作れない」などと言いますが、女性が行う家事で、男性が仕事としてやっていることは多いですから、男に能力がないわけではありません。

 男性ができないのではなく、女性がそうさせているだけです。

 「私がいないと何もできないんだから」とか、「外出する夜は料理を作り置きしておかないとダメなのよ」とか、「1人にしとくと何されるか分からない。家がぐちゃぐちゃになるんだもん」などと、愚痴を言っているように見えて、実はうれしがっているのです。

私のクーン『科学革命の構造』について、内井惣七氏から「訳が悪いから、勧められない」という評価をホームページに出されて、いつまでも消えないので、私も自分のホームページを立ち上げて、反論する。

 要するに、私もまず直訳して、それから日本語として彫琢して行く。私が手を入れればいれるほど、努力すればするほど、直訳から離れていって、内井氏にいわせれば、訳が悪くなって行く。ところが私は逆に、直訳から離れれば離れるほど良い日本語であると思っている。これは原理的に反対方向を向いている評価法である。

今時、直訳は誰でも出来る。機械でも出来る。それを日本語として読みやすくするのが、訳者の日本人読者にたいするサービスだと私は思っている。私はクーンの所説は完全に理解しているので、その頭から発する私の言葉は、内容的に直訳から遠く離れていても、日本語としてもっとわかりやすいし、大筋から違うことはないはずである。

まさか直訳者は冠詞と単複まで訳そうとはしないだろうが、関係代名詞は日本語にない形だから極力避けるべきである。単文に切る方がよい。受け身も本来の日本語にないもので、形式的な翻訳にはやたらに出てくるが、やはりできれば能動態にすべきである。

 さらにもっと微妙な点に触れると、直訳では、ついどこに重点があるかが見えにくくなる。それに、英語国民にとっては英語の単語の間にウエイトの差があることは読む者に自然と身についているのだが、それをそのまま日本語に直訳すると、どの言葉も同じウエイトになってあらわれ、ついのっぺらぼうで、わかりにくく、二度三度読み返さなければ意味が通じないことがある。それは直訳翻訳調だからである。また、なめらかな日本語にするために、時には口述にして語呂を整える労もとる。

翻訳する際にながく丁寧に訳することが無難であることはよくわかる。これが古典学の注釈なら、限られた専門家の間で一字一句を金科玉条として扱うのはわかる。しかし、クーンの意図はそんなところにない。頭をひねってわかったあげく、何だ、そんなことか、大したことを云っているのじゃあない、と気づいたときの空しさはだれしも経験していることだろう。私も、原直訳に手を入れるとき、とかく肝心なところを浮き彫りにするために、余計な細部を犠牲にすることもある。それはのっぺらぼうな文章を監修させられると、ついいらいらして、削りがちで、私の訳文も直訳よりはふつう短い。

 中学の時、英文和訳が教師よりも出来た私は、直訳は当時すでに完成したものを持っていた。大学を出てはじめて翻訳を出版したときは、確かに直訳調であった。以後、翻訳は日本語として良くすることだ、と思って、直訳から離れるように心がけて、その完成は25歳の時に訳した3冊目の訳モリス・クライン『数学文化史』に見られる。そこには詩が多く含まれるが、詩などは直訳しても無意味・不適切である。

ただ、その過程で、この訳が中学生の虎の巻にでもつかわれたら、かなわんな、と思っていたが、今回はしなくもそういうことになって、苦笑している。たとえば、私がfundamentalを「重要な」としたからと言って、批判者はfundamentalのふつうの訳語を私が知らないとは考えないでください。辞書に出ていない訳語は誤訳だというのは、あまりにも中学生的です。クーンをテキストにして英語を勉強しょうというのなら、原文を読んでください。私には愚かな直訳主義に組みする気はない。

 私は高等学校の時に、天野貞祐のカント訳に辟易し、明治の哲学字彙にあるような訳語は当時訳された専門語の訳のうち、権威主義的で最も趣味の悪いものだと思っているので、若い頃、哲学用語をふつうの言葉で置き換える運動を試みたものである。

 この訳ではそこまで気負っていないが、たしかに訳するときに自分の意見がどこかに出ていることは否めない。たとえば、commensurabilityは哲学では気になる問題になろうが、科学者にとってはつまらない問題になる。そのまま直訳してはおもしろくないので、私ははじめ止揚性と訳した。しかし、それでは私の考えが出過ぎていると、後の版ではふつうの訳にした。

 私は、自分の書いた文章や講演スライドを必ず人に見てもらう。誰に読んでもらうかと言えば妻であり、誰に聞いてもらうかと言えば子供達を含めた家族である。そう言う意味では、私は「仕事と私事」がかなり近いところにあるのかもしれない。冗談のように聞こえるが、昔採択された科研費若手Aの申請書は、妻の出産時に手伝いに来てくれていた義理の母に見てもらった。字が小さくて読みにくくないか、行間が詰まって圧迫感はないか、義理の母を年輩の審査員に見立て、この点にも注意を払ったことを覚えている。

 最終的に自分を評価してくれるのは、同じ専門分野の人達だけではなく、はるかに多い専門外の人達である。妻、夫、恋人、両親は、このはるかに多い専門外の人達であるとともに、最も皆さんを大切に思ってくれている人達である。人に見せるとなると、締切よりもかなり前に一度仕上げなければならない。完成したと思ったものでも、時間を置いて再度見直してみると、多くの粗が見えてくる。何度も推敲を重ねれば、必ず完成度もぐっと上がる。さらに、夫婦、子供、恋人との会話も増え、仕事だけでなく、私事も充実してくるはずである(たぶん)。

— 専門を極める~人にわかるように説明できますか?~
 岩田忠久(東京大学大学院農学生命科学研究科・準教授)
 高分子 Vol. 58(2009年7月号)

手配そのものは大したことじゃないのだ.問題はそこじゃない.何をどう手配しようかと決めるのがものっすごいストレスなの.

あそこに頼めるか,ここに頼めるか,という選択もさることながら,そこにはもう少し深い悩みが常にあって.

つまり,私が休もうか,子供のためにはそうすべきだろうか,という思いが入ってくるから.今日休んだらどうなるだろうか,いやでもここで一週ずれ込んだら仕事どうなるだろうか,明日も熱下がらないんだとしたら今日は行って明日休む方がマシかな,と,あらゆることがぐるぐるして「どうしようどうしようどうしよう」ってなる.

このストレスのかかり方が,連れ合いと私とでは全然違うんじゃないかと思うよ.

なぜってこの場合,連れ合いに頼む,というのは私がぐるぐる考える選択肢のひとつに過ぎないわけでね.連れ合いは選択肢を申し出るだけでいいんだから.「今日の午後なら休めるよ」と言ってもらえる私は大変恵まれた状況にあるのだろうけど,実際にそうするかどうかを決める責任は私にかかってくるわけさ.

“ 8割ぐらいの子供が最後まで見てくれたような紙芝居を、出版社が絵本として出そうといってくれたのです。最初の絵本が出たのは33歳のときでした。私は、軍人になろうという誤った判断をしたことへの悔いと、軍人になれなかった「死に残り」であるという恥ずかしさとから、戦後ずっと煩悶の日々を送っていましたが、その頃になって、ようやく自分のやるべきことが見えてきました。中学時代の自分のような間違いをしないように、子供たちには自分から進んで幅広い分野の勉強をし、世の中をよく見て正しい判断をしてほしい。だから、自分はそのための手伝いをしようという考えにたどり着いたのです。 ”
— 「化学と工業」7月号。加古里子(かこ さとし)先生インタビュー
“ 私はいろいろ考えた末、セツルに来る子供向けに紙芝居を作ることにしました。ところが、一生懸命描いた紙芝居なのに、見せているうちに子供たちがだんだん減っていくのです。子供は正直で、おもしろくないと黙っていなくなってしまいます。子供たちを引きつけるには、絵がきれいなだけではダメで、ザリガニのような野性的な魅力が必要なのですね。そのことを、私は、子供たちを「師匠」として学びました。 ”

「化学と工業」7月号。加古里子(かこ さとし)先生インタビュー

 東大工学部応用化学科出身、昭和電工(株)に勤務するかたわらの創作活動だったとのこと。日本化学会の永年会員でもある。
 成蹊高校では、中村草田男に国語を教わっていらしたとか。